「夫婦なのだから応じるのが当たり前」
そう言われて断れず、一人で苦しさを抱え込んでいませんか。
配偶者からの性的な要求を嫌だと感じながらも、不機嫌になる相手が怖くて受け入れてしまったり、避妊に協力してもらえなかったりする現実に、深い傷を負っている方は少なくありません。
婚姻関係にあっても、一人の人間として性的な尊厳や自己決定権が奪われる行為は「性的DV」に該当します。夫婦だからといって、心や身体を傷つけられてよい理由にはなりません。
この記事では、夫婦間における性的DVの具体的な形や生殖に関する支配、被害に気づいたときの心の整理、そして安全を守るための記録方法や公的な相談先について丁寧に整理してお伝えします。
結婚していても性的な同意は必要
法律上の夫婦であっても、性的な行為に対する自由な同意は不可欠です。婚姻関係があることを理由に、相手の身体や尊厳を一方的に侵害することは認められていません。
夫婦であることと同意は別
結婚しているからといって、無条件に性行為を受け入れなければならない法的な義務は存在しません。
民法上の夫婦には同居や協力の義務が定められていますが、それは個人の身体に対する自己決定権を犠牲にしてまで相手の要求に従うこととはまったく別の問題です。
性的な接触は、双方が対等な関係の中で、自由な意思に基づいて合意することが大前提となります。相手が配偶者であっても、同意のない性行為は個人の尊厳を深く傷つける重大な権利侵害であり、法的な暴力にあたります。
一度の同意が将来の同意にはならない
「以前は応じてくれた」「過去に合意したことがある」という事実は、将来にわたるすべての性行為に合意したことにはなりません。
人間の心や身体の状態は日々変化するものであり、性的な行為への同意はその場、その都度確認される必要があります。
過去に受け入れた経験があったとしても、その日の気分や体調、気持ちによって「今はしたくない」と感じるのは自然な権利です。過去の出来事を持ち出して現在の要求を正当化することは、自由な同意を無視した行為と言えます。
断る意思を尊重する
健全な関係であれば、どちらか一方が「今日はやめておきたい」「したくない」と意思表示をした場合、その決定は無条件で尊重されます。
もし拒絶の意思を示したことに対して、舌打ちをされたり、長時間の説教が始まったり、生活費を渡さないなどの不利益を課されるのであれば、それは自由な拒絶ができる環境とは言えません。
断る自由が実質的に保障されていない関係性は、すでに対等さを失い、支配的な構造に陥っています。
性的DVにはさまざまな形がある
性的DVは、力ずくで性行為を迫るような露骨な暴力だけにとどまりません。精神的な威圧や言葉による屈辱、画像の悪用など、さまざまな形態でパートナーを支配します。
性行為の強要
相手が嫌がっているにもかかわらず、力でねじ伏せたり、逃げられない状況を作ったりして無理やり性行為におよぶことは、典型的な性的DVです。
酒に酔った勢いで襲いかかる行為や、相手が眠っている隙を狙って性的な接触を行うこともこれに含まれます。
力による物理的な強制だけでなく、断れば関係が壊れるという心理的な弱みにつけ込んで性交を迫る行為も、自由な意思を奪う強要にあたります。
断ったことへの罰や威圧
性的な要求を断られた加害者は、激しい怒りを露わにしたり、陰湿な嫌がらせで報復したりすることがあります。
何日も無視を続ける、大きな物音を立てて威嚇する、家事を細かく批判する、あるいは「妻としての失格だ」「他の女のところへ行く」などと脅す行為が該当します。
こうした罰を受ける恐怖から、被害者は自分の心身を犠牲にして要求を受け入れざるを得ない精神状態へ追い込まれていきます。
性的な言葉による屈辱
性生活に関する要求だけでなく、言葉によって相手の性的な尊厳を傷つける行為も性的DVの重要な一面です。
身体的な特徴や容姿を嘲笑したり、過去の交際歴や性的な経験を持ち出して執拗に侮辱したりする言動が繰り返されます。
また、相手が嫌悪感を抱くような卑猥な言葉を無理やり言わせたり、他人の前で性生活を暴露して笑いものにしたりすることも、相手の人格を貶める深刻な精神的暴力です。
写真・動画を利用した支配
パートナーの同意を得ずに性的な姿や性行為をスマートフォン等で撮影したり、過去に合意のもとで撮影した写真や動画を脅迫の道具に利用したりする手口です。
「言うことを聞かなければ実家や職場にばらまく」「インターネット上に公開する」といった脅しは、被害者を完全に支配下へ置くための極めて危険な行為です。
デジタル機器を介した性的支配は、被害者の恐怖心を極限まで高め、外部への相談を阻む大きな要因になります。
避妊や妊娠を利用した支配
性と生殖に関する自己決定権、すなわち自分の身体に関することを自分で決める権利を一方的に侵害し、避妊や妊娠をコントロールしようとする行為も、極めて深刻な性的DVです。
避妊への介入
性感染症の予防や意図しない妊娠を防ぐための避妊を、加害者の一方的な都合で妨害する行為です。
コンドームの着用を頑なに拒否したり、避妊具を装着したと嘘をついて性行為を行ったりする行為が含まれます。
また、被害者が服用している低用量ピルを隠す、捨てる、あるいは服用を激しく非難して禁止するなど、自分の身体を守るための手段を力づくで奪う行為も明確な避妊への介入です。
妊娠の強要
被害者の心身の健康や生活基盤、本人の希望を完全に無視して、妊娠を強く迫り続ける支配です。
「子どもを産まないなら結婚した意味がない」「早く跡継ぎを作れ」と執拗に精神的な圧力をかけ、拒否する余地を与えない状態を作ります。
身体への負担や出産後の養育環境を考慮せず、配偶者の意思を置き去りにして妊娠を押し付ける行為は、被害者の生き方そのものを奪う暴力と言えます。
妊娠を妨げる行為
妊娠を強要する支配がある一方で、パートナーが子どもを望んでいるにもかかわらず、一方的な都合で妊娠を妨害する行為も存在します。
妊娠を望む相手に対して露骨に冷淡な態度を取り続けたり、事前の合意なく中絶を強要したりするケースが該当します。
被害者の希望を一切聞き入れず、生殖に関する選択権を一人で握り続ける姿勢は、パートナーの人生の自己決定を著しく侵害する行為です。
生殖に関する自己決定を奪う問題
避妊や妊娠に関する暴力は、単なる夫婦間の意見の不一致ではなく、個人の基本的人権である「自分の身体について自分で決める権利」を侵害する重大な問題です。
望まない妊娠や中絶は、女性の心身に一生消えない大きな傷を残すリスクがあります。
加害者が生殖の主導権を握ることで、被害者は経済的にも社会的にも逃げ場を失い、相手への依存と支配の構造がより強固になってしまいます。
自分が被害を受けているのか迷うとき
性的な問題は極めてプライベートであるため、「これはDVなのだろうか」「自分が我慢すれば済むのではないか」と自問自答を繰り返し、悩みを深めてしまう方が多くいます。
嫌だったのに断れなかった
「本当は嫌だったのに、はっきりと拒絶できなかったから自分の責任だ」と自分を責めてしまう被害者は少なくありません。
しかし、長期間にわたる支配的な関係性の中では、恐怖や無力感から身体が固まり、声が出なくなることは心理的・生理的に自然な防衛反応です。
明確な言葉で拒絶できなかったとしても、それは同意したことを意味しません。嫌だと感じながら従わざるを得なかった事実そのものが、支配関係の深さを示しています。
怒られることが怖くて応じていた
相手が不機嫌になる空気や、怒鳴られる恐怖を避けるためだけに性行為に応じていた場合、そこには自由な同意は存在しません。
平穏な家庭環境を保つための「妥協」のように見えても、実態は相手の機嫌を損ねないための自己防衛です。
暴力や精神的な圧迫を恐れて要求を呑み続ける生活は、知らず知らずのうちに心と身体を極限まで消耗させ、自分自身の感情を麻痺させていきます。
「夫婦なら当然」と思わされていた
「妻なら夫の性欲を満たすのが義務だ」「夫婦の間で拒否するのは異常だ」といった言葉を日常的に刷り込まれると、それが常識であるかのように思い込まされてしまいます。
加害者は都合のよい倫理観を押し付けることで、被害者に罪悪感を植え付け、抵抗する力を奪っていきます。
配偶者の要求に無条件で応じることが夫婦の美徳であるかのように感じさせられている状態自体が、モラハラによる心理的支配の典型です。
記録を残す場合に確認したいこと
性的DVの被害から抜け出し、法的な保護や適切な支援を受けるためには、客観的な記録を残すことが重要になります。ただし、記録を集める過程でさらなる危険を招いてはいけません。
メッセージや発言
スマートフォンでのやり取りは、有力な客観的記録になります。
性行為を強要する文面、断ったことに対する非難や脅迫のメッセージ、避妊を拒否する発言などは、画面のスクリーンショットを保存します。
また、相手から直接言われた暴言や要求は、発言内容だけでなく、言われた日時や前後の状況を手書きのノートなどにメモしておきます。文字に残すことで、被害の継続性を証明する材料になります。
医療機関の記録
無理な性行為によって外傷を負ったり、出血や性感染症の疑いが生じたりした場合は、速やかに産婦人科や外科などの医療機関を受診してください。
医師による診断書やカルテの受診記録は、身体への実害を客観的に証明する強力な証拠になります。
受診の際は、恥ずかしがらずに「配偶者から無理やり要求された」と医師へ経緯を正確に伝えることが大切です。医師への申告内容も診療記録の一部として残されます。
日時と出来事のメモ
暴力や嫌がらせが行われた具体的な日時、場所、どのような要求をされ、自分がどう反応し、相手がどう行動したのかを淡々と事実のみ記録します。
感情的な感想よりも、「いつ、どこで、何をされたか」という事実の記述が公的な手続きで重視されます。
また、性行為を拒絶した後にどのような嫌がらせ(無視、物の破壊、生活費の出し渋りなど)が行われたかも具体的に書き留めておきます。
記録より安全を優先する
最も忘れてはならないのは、記録を残すことよりもご自身の身体と生命の安全が絶対に優先されるという点です。
相手に記録していることが露見すると、激昂して暴力がエスカレートする危険があります。
スマートフォンの保存画像は安全なクラウドや別の保管場所へ移し、手書きのノートは相手が決して見つけられない場所に隠すか、信頼できる実家や友人に預けるなどの安全対策を徹底してください。
安全確保と相談先を考える
性的DVに一人で立ち向かうことは極めて困難であり、危険を伴います。ご自身の安全を確保しながら、専門的な知識を持つ第三者機関の力を借りることが不可欠です。
医療
身体の傷や感染症への対応はもちろん、意図しない妊娠を防ぐための緊急避妊薬(アフターピル)の処方を受けるためにも、早期の受診が必要です。
緊急避妊薬は、性交後72時間以内の速やかな服用が求められます。
また、精神的なショックやトラウマ、不眠が続いている場合は、心療内科や精神科を受診し、心のケアを受けるとともに診断書を取得することも生活を守る選択肢となります。
DV相談
公的な相談窓口では、専門の相談員が危険度に応じた具体的な安全計画を一緒に考えてくれます。
内閣府の「DV相談ナビ(#8008)」や「DV相談+(プラス)」は、電話だけでなくSNSやチャットによる相談も受け付けています。
また、各自治体に設置されている配偶者暴力相談支援センターや男女共同参画センターでは、一時保護(シェルターへの避難)や生活再建に向けた継続的な支援を受けることが可能です。
法律相談
加害者との接触を断ち、法的な解決(接近禁止の保護命令申立てや離婚交渉など)を進めるためには、弁護士への相談が有効です。
法テラス(日本司法支援センター)では、経済的に余裕がない方でも無料の法律相談を利用できる制度が整っています。
弁護士を代理人に立てることで、加害者と直接顔を合わせたり会話したりすることなく、安全に法的な手続きを進めることができます。
緊急性が高い場合の対応
身体に対する直接的な暴力が差し迫っている場合や、凶器を持ち出されたり監禁されたりしている場合は、迷わず警察へ110番通報してください。
警察は緊急の危険から身を守るための即座の介入や、加害者への警告、安全な場所への保護を行ってくれます。
相手への情けや「家庭内の恥」という思いから通報をためらわず、生命の危機を感じたときは直ちに通報して助けを求めることが最善の判断です。
まとめ
夫婦の間であっても、相手の自由な同意を無視した性行為や避妊への介入は重大な性的DVであり、決して許されるものではありません。現在悩みを抱えている方は、以下の基本原則を心に留めておいてください。
・結婚していても個人の性的な尊厳や自己決定権は保護されるべき権利である
・断る意思を尊重されず、怒りや罰を受ける関係はすでに対等ではない
・嫌悪感や恐怖を抱きながら断れなかったとしても、自分を責める必要はない
・記録を残す際は相手に気づかれないよう細心の注意を払い、常に身の安全を最優先にする
・一人で抱え込まず、医療機関や公的なDV相談窓口、弁護士などの専門機関へ速やかに相談する
性的な被害は他人に話しづらく、「自分が我慢すれば家庭が壊れずに済む」と思い詰めてしまいがちです。しかし、我慢を続けても相手の支配的な言動が自然に止まることはほとんどありません。
あなた自身の尊厳と心身の安全を取り戻すために、まずは安全な場所から専門の相談窓口へ声を届けてみてください。納得できる解決への一歩を、公的な支援とともに踏み出していきましょう。
参考情報・注意書き
内閣府男女共同参画局「DV相談ナビ・DV相談+」
法務省「性犯罪関係の法改正(不同意性交等罪について)」
警察庁「配偶者からの暴力事案への対応」
厚生労働省「性暴力被害者支援に関する情報」
法テラス(日本司法支援センター)「法律相談案内」
※この記事は一般的な情報を提供するものであり、個別の事案における法的な判断や医療的な診断に代わるものではありません。心身への危険が差し迫っている場合は、直ちに警察(110番)や最寄りの配偶者暴力相談支援センターへご相談ください。

